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2011年08月13日

宝探し


いつもニコニコ読んでくださってありがとうございます(ニコニコface02

みなさんお盆はどのようにして過ごされますか?

お休みの人も、そうでない人も、

ちょっと素敵な、宝探しをされてみてはいかがでしょうか~(キラキラicon12



小林正観さん著 『こころの宝島』 あとがきより
(チョット編集してあります)


目の前のことに「喜び」や「楽しさ」を見いだすことができる人が

喜びの達人face02」であり「幸せの達人face02」であるのでしょう。

なにげない日常の中から「喜び」を見いだせることが

「幸せ」の本質なのですicon06


日常の中に展開する草花、空の雲、夜空の星々に

なんとも楽しく、素晴らしい「宝」が存在するのです

全てのものの中に “宝” を感じとることができたら、

もうあなたは「喜びの達人icon12」「幸せの達人icon12」。


さあ、


『宝探し』に出発することにしましょう。。。



はい、行ってきま~す(ユルルンル~ン♪)



ありがとう ありがとう ありがとう(オカゲサマのオカゲサマ~face02

うたしショップのんき屋のほ~むぺ~じ
http://park5.wakwak.com/~nonkiya358/

長野県内初!!
~Nalelu商品取り扱い始めました♪~
フリマボックス伊那店 0265-76-5445

うれしいなぁ たのしいなぁ わぁ~ しあわせぇ~(ユルルンル~ン♪)
  

Posted by 重盛太一 at 11:27Comments(0)小林正観さん

2010年09月09日

【悪い予言は信じなくていい】


小林正観さん著 『日々の暮らしを楽にする』 より


【悪い予言は信じなくていい】


仮に、ある預言者が「大地震が来て百万人の人が死ぬ」

「その名前では成功しない」というような、

聞いていて楽しくない予言をしたとしましょう

こういう楽しくないような予言を言った瞬間、悪しき予言をした人は、

自分の信用のために必ずその予言が起きてほしいと

心の底で念じ始めるようになります。

ただ、本人はこのことに、全く気がついていません

悪しき予言を言った瞬間、

悪魔に魂を売った(悪魔に魂を乗っ取られた)ことになります。

悪魔とは、人の不幸や悲劇を願い、それを望む心のこと


聞いていて楽しくない予言を言っている人は、

悪魔の側にいて、正しい情報が入ってきません。

このような人の言うことは、聞く必要がありません


  ~中略~


自分にとって「楽しくない予言」を聞いて回避行動を取ると、

その予言を信じたということになります

「信じた=悪魔の側に傾いた」とみなされ、

その瞬間に悪魔の力が働き、楽しくない状態が起こってしまいます。

反対に、自分が心地よくて幸せだと思えるような予言を聞いたなら、

たとえそれが百パーセント嘘に思えたとしても、信じたほうがいい

聖なる側にいる人は、聞いていて、楽しくて心地よい予言しかしません。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


解りやすいのは『終末予言』的なもの

特に最近では2012年だとか、アセンションがどうとかというお話も多いですが、

それを伝えている人がはたして「聖なる側」にいる人なのか。。。ぐらいのことは、

自分自身で見極めたいよね。


信じても信じなくてもいいんですが、

『神の承諾の無いことは起きない』。。。とも言われています。

だから

神さまが承諾したって “あたしゃ認めないよ~!!” なんてリキむ必要はありませんよ。

仮に、なにが起きたってその時にできることしかできませんよね。

つまり、

そんときゃそん時なんです
(笑)


例えば、

交通事故を恐れている人ほど事故に合う。。。という事を聞かれた方も多いと思います。

そういう因果関係は確かに存在するんですね


悪い予言に怯えて暮らすのも自由。

そんときゃそんときさ~と、良い意味で開き直ってニコニコ暮らすのも自由

どちらを選ぶのも全部自由、ありがたいですね(ニコニコ)




うたしショップ暖氣屋(のんきや)のほ~むぺ~じ

うれしいなぁ たのしいなぁ わぁ~ しあわせぇ~(ユルルンル~ン♪)

  

Posted by 重盛太一 at 09:09Comments(2)小林正観さん

2010年08月29日

『「き・く・あ」の実践』


小林正観さん著 『「き・く・あ」の実践』より


たくさんのセミナーや講演会に出かけたり、

人の話を聞いたり、多くの本を読んでいる人は、

少なくないと思います。

特にこのような本を手にする方は、そういうものに大変興味をもち、

常に向上しようとしている人にちがいありません。

たくさんの人から情報を得、勉強していると、

『この人の話や考え方が自分には合う。共鳴できる』

と思える人に出会うことがあります。その人に会い、

その人の考え方や価値観を自分の中に取り入れていくことは、

とてもいいことです。

しかし、一歩間違うと、

その人に過度な『依存』をしてしまうことがあります。


~中略~


いろいろな人の話を聞いたり、

教えを受けたりするのはいいことです。

それによって自分が触発され、

さまざまなことに気がつく、ということは、非常に重要なことです。

しかし、

本来自分自身で判断しなければならないことまでも、

その人に依存し、結論を出してもらうというのは、

アドバイスしている側の人間からしても

決して望ましいことではありません。

たくさんの人の意見を聞く謙虚さをもつと同時に、

最終的には自分で判断するということが、

必要であると思います。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 自分の中で何か疑問が生じたとき、

 これはどうなんですか?

 この人の言っていることは正しいんですか?。。。と、

 いちいち人に相談をしたがる人がいます。

 自分が信頼・尊敬できる人からの、

 『確約』が無ければ判断することができない。。。

 というものであるならば、それは

 判断なんかしなくていいよ~。。。

 ってことなんじゃないかな?


 大好きな先生がいることは良いことです。

 尊敬できる人に出会えるということも素晴らしいことです。

 しかし、どんなに素晴らしい先生でも、

 その中から思想や哲学、見方や考え方などを学びとり、


 自分で答えを出せる(判断できる)ようになる
。。。


 ということが、一番大切なのではないでしょうか。

 自分の心に “正直にくだした判断” は、

 そうそう間違うものじゃぁないですゼ(ニコニコ)


 その都度、誰かに答えを求めなくたって、

 悩む時は思いっきり悩めばいい。

 自分で判断し、自分の道を歩めばいい。

 大丈夫 大丈夫、

 なるようにしかならないから
(笑)



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ありがとう ありがとう ありがとう~(オカゲサマノオカゲサマ~♪)
  

Posted by 重盛太一 at 10:12Comments(2)小林正観さん

2010年05月22日

人生の意味


私たちは、

肉体を持ってこの世に生きていること自体に意味があるので、

「私の人生には一体どんな意味があるのですか?」

聞くこと自体意味がありません

何か特別な大きなことを為すために、

生まれてきているわけではない。

ただ生きているということ自体

意味を持っているのです。



~小林正観さん著 『悟りは3秒あればいい』より~



 人生において

 何かを為そう。。。とかは

 考えなくてもいいのかもしれません

 生かされているということ自体に日々

 最大限感謝できる心を育て

 そこからあふれ出てくる感情
 (大抵はワクワクする感情)

 のままに進んでいけば

 『結果として』何かが為されている。。。

 ということは多いと思いますよ~(ニコニコ)




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Posted by 重盛太一 at 10:20Comments(2)小林正観さん

2010年01月20日

蓮の花



蓮の花は、泥水からしか立ち上がってきません。

真水からは立ち上がってこないのです。

泥水が濃ければ濃いほど、蓮は大輪の花を咲かせます。

泥水が薄ければ薄いほど、

つまり水がきれいであればあるほど、小さな花しか咲かせません。


泥水というのは人間の苦悩・煩悩です。

人間が苦悩し、悩み苦しむことによって、

その悩み苦しみが濃ければ濃いほど、蓮の花は大輪の花を咲かせます

つまり、悟りが大きいということなのです。

悟りが大きいということは大輪の花であり、

美しく華麗な花を咲かせることに他なりません。
 

蓮には三つの特徴があって、

一、 花果同時(かがどうじ)

 …花が咲いたときに、すでに果実の赤ちゃんが中にいる。

二、 汚泥不染(おでいふせん)

 …どんなに汚い水の中から立ち上がってきても、絶対に花が汚れることはない。

三、 蓮花にあだ花なし

 …咲きそこなったり、汚く咲く花はない。

 
蓮の花というのは大変に霊格が高く

元気を失った、あるいはしょげ返っている人間に勇気を与えてくれる。

花でありながら、植物でありながら、人間よりも霊格が高く、

その人間に勇気を与え励ましてくれる存在というのは、

なんとも楽しい話ではありませんか。


 ~書籍 「未来の智恵」シリーズ6 生きる大事・死ぬ大事より~



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タグ :小林正観


Posted by 重盛太一 at 08:53Comments(4)小林正観さん

2010年01月06日

三つの知③


。。。再び、前回からの続き(ニコニコ)


宇宙のことや精神世界のことを勉強するのは楽しいものです。

けれども、逆に、知れば知るほど厳しい

というのは、「知る」という事は「実践」と同義語だからです。

どんなに凄い事を知っていても、

「実践」していなければ「知らない」のと同じ


いやむしろ「知っているだけ」は、

「知らない」よりも始末が悪いのかもしれません。
 

仕事も順調、人間関係も良い、健康も問題なく、睡眠も足りている。

そんなときにニコニコしているのは誰でもできます

しかし、仕事もトラブル続き、家では家族と喧嘩をし、

恋人ともうまくいかず、体も重たくて寝不足。

そんなときにニコニコしていられるかどうかが、まさに「実践」なのです。
 

宇宙のことや精神世界のことを勉強し、そういう世界に踏み込み、

その奥深さやおもしろさに目覚めてしまった。

「知識」を得てしまった。引き返したくない。では、どうするか。

さらに進んで、第2の「知」=「知恵」=「実践」と

第3の「知」=「知性」=「謙虚さ」とを、

獲得してしまうことに、決めてしまうのはどうでしょう。

「三つの知」に向かって歩いていく自分自身を、

あなたは、もっともっと好きになるに違いありません。


   ~小林正観さんの著書「こころの遊歩道」より~



 初めてこのお話を目にしたとき、

 自分自身も『謙虚さを失っていたことに気が付き、

 いったい何のために勉強をしてきたのか解らなくなったときがあります。

 以後ずっとこのページをコピーして持ち歩き、

 たびたび目に留めていました。

 個人的に常に戒めとしているお話です(ニコニコ)




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Posted by 重盛太一 at 10:49Comments(0)小林正観さん

2010年01月05日

三つの知②


。。。前回からの続き(ニコニコ)


実るほど 頭(こうべ)を垂れる 稲穂かな」という言葉があります。

たくさんの実を成らせた稲穂ほど頭を垂れる、という例えです。

たくさんのものを身に付けた人ほど謙虚で腰が低くなるものだ、というわけです。

偉そうではないものだ、ということなのですが、社会的な評価や地位、身分、

経済的優位性、あるいはほかの人よりたくさんのことを知っているなどに至ると、

「謙虚さ」を保つのは難しい

自分が見えにくくなってしまうのです。

よほど自分がしっかりしていないと、自分を見失います

気が付いたら、自分にとって大事な人たち、

そういう人は応々にして耳の痛いことを言う人なのですが、

そういう人を疎んじ、遠ざけ、去らせてしまう結果になりかねません。

誉められれば誉められるほど、賞賛されれば賞賛されるほど、頭(こうべ)を垂れる。

これが、私の考える「知性」=「謙虚さ」です。

二つの「知」に加えて三つ目の「知」、「知性」=「謙虚さ」が身に付いた人は、

多分「尊敬」され、「敬愛」されることになるでしょう。


最初の話に戻ります。

私に相談された方は、「知識」は充分でした

それが過ぎるほどでもあったのでしょう。

その「知識」が過ぎて、「知識」を持たない夫を物足りなく思ってしまったらしいのです。

しかし、話を聞いてみると、そういう講演会やセミナーに出かけたいとき、

いつも笑顔で「行っておいで」と言い、

仕事から急いで帰ってきて子供を見てくれる、素晴らしい夫であったらしいのです。


 たくさんのことを勉強し、

 知ってはいてもそれを実践しない人がいる

 一方で、

 何も知らないけれども笑顔で「実践」し続けている人がいます。


どちらが「実践者」ですか? と私は聞きました。


。。。またまた続く^^



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Posted by 重盛太一 at 08:53Comments(0)小林正観さん

2010年01月04日

三つの知①


~小林正観さんの著書「こころの遊歩道」より~


ある方からこんな相談を受けました。

「超常現象、占星術、UFO、神秘学、人間の超能力などについて、

 たくさん勉強してきました

 でも夫はそういうことにあまり関心がなく、

 私のほうがたくさんの事を知っている状態になったと思います。

 で、ついつい、そんなことも知らないの、どうして解らないの、

 という態度で夫に接するようになったのかもしれません。

 仲が悪くなって、今までなにを勉強してきたんだ、といわれました。

 どうしたら良いのでしょうか。」と言うのです。


ご自身のお話の中にもう答えは出ていますよね、と私は答えました。

仲が悪くなった原因はここにある、しかもそれは自分のせいだ、と解っているのです。

99%は解決しているようなものです。


三つの知』ということについて、話をさせていただきました。

人間には最低限の「知識」がどうしても必要です。

知識なんか要らない、邪魔だ、という人がいますが、

それは第2・第3の「知」が身に付いていないときに言われるものなのでしょう。

基本的に「知識」は人間にどうしても必要なものです。


第2の「知」は「知恵」です。

現代語の「知恵」は「賢さ」とか「頭の良さ」などの意味で用いられていますが、

私が考える「知恵」とは、

「知識」をいかに日常生活に埋め込むか実践するかということです。

「実践」こそ「知恵」

「知っていることを実践する」ことが「知恵」です。

「日常生活」に「知識」を活かすこと、取り入れること

それを実践することが、私が考える「知恵」なのです。


「知識」を豊富に持ち、それを日常生活で実践していけば、

それなりに賞賛され、評価されるようになることでしょう。

ですが、賞賛され、評価されても、

それがすなわち「尊敬」され、「敬愛」されることにはなりません。

それが三つ目の「知」。「知性」です。

「知性」は、平たく言えば「謙虚さ」のこと。

どんなに賞賛され、評価されても、

決して威張らない、うぬぼれない、慢心しない、こと。


。。。続く^^



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Posted by 重盛太一 at 10:37Comments(4)小林正観さん

2009年12月29日

ほかのもののために


人間の体というものは

常に『ほかのもののために』存在しています

肺にしても 心臓や腎臓 肝臓 胃 腸にしても

自分のために存在する臓器というものは

何一つありません

皆 体の中に存在する他の臓器や細胞を

生かすために働いています

人間の体そのものが

エゴイストが全くいないという状態で

成り立っているのです


      ~小林正観さん~



 体さんすげぇ~!!

 見習わなくっちゃ~(ニコニコ)




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Posted by 重盛太一 at 10:45Comments(2)小林正観さん

2009年12月24日

ものの見方と見方道


~小林正観さん著 書籍『幸せの宇宙構造』より~


コップに水が半分入っている場合

1. 否定的に見る考え方・・・『半分しかないじゃないか 不愉快だ』

2. 肯定的に見る考え方・・・『半分も入っていて嬉しい 楽しい 幸せ』

3. 感謝の心で見る考え方・・・『(元々なにも無かったろうに)
            何者かが半分残してくださって有難い ありがとう』


このようにもののとらえ方次第で

私たちが住んでいる国は三つに分かれます

一つ目の国には

何事も否定的にとらえる人たちが住んでいます

私はこの国を『悲帝国』と名付けました


『悲』という文字を分解すると、『(あら)ずの心』と書いてあります

『そうではない そうではない』と思う心です

つまり『半分しかないではないか』という考え方です

そして ついには100%も存在するようになっても

『コップに100%しかないではないか』ということになります

ともかく否定と不足で満足する事がありません


二つ目の国には

好ましい 好ましい

何でも嬉しい 楽しい 幸せと言っている人がいます

私はこの国を『好帝国』と名付けました

ここに住んでいる人たちは

目の前に起きてくる現象を常に肯定的にとらえ

どんなことでも『嬉しく 楽しく 幸せ』にしてしまいますから

周りにいる人もいつも笑顔になり

よい仲間が出来てゆきます

明るい人々の集団といえるでしょう


三つ目の国には

なんでもかんでも感謝するという心をもった人たちが住んでいます

私はこの国を『ありが帝国』と名付けました

この帝国の人たちは常に自分以外の人たちに手を合わせ

笑顔を向け『ありがとう』を言い続けている人たちですから

非常に謙虚でもあり また和やかで穏やかな空気をつくっています

この世の中が『ありが帝国』一色になったら

どんなに生きていくのが楽で楽しいものになるでしょうか



 ほんとはすでにもう

 み~んなみんな『ありが帝国』の住人です♪

 ようこそ そしてお帰りなさい
(ニコニコ)



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Posted by 重盛太一 at 10:30Comments(6)小林正観さん